1980年代頃までは株式売買は仲買人(マーケットメイカー)を通じて行われていたが、取引の電子化によって競争環境が劇的に変化した。
ECNに屈したNYSEとNASDAQ、現物株取引がMoatがないビジネスと判断される理由
ECN(Electronic Communications Network: 電子証券取引所)は既存の証券取引所を通さずインターネット上で取引を行う私設証券取引所(物理的な取引所は存在しない)。
日本では私設取引システム(PTS:Proprietary Trading System)と呼ばれる。
取引所集中義務の廃止を背景に、複数の取引所間に分散した市場競争が始まり、ECNの従来より効率的な電子マッチングテクノロジーは、迅速な執行・低コストなどが魅力で取引シェアを大きく伸ばした。
NASDAQのマーケットメイカーによる広いスプレッド(売り値と買い値の差)における中抜きも当時問題となっていたこともあり、当初はナスダック上場銘柄を中心に取引シェアをECNが奪っていった。
オークション形式でNASDAQよりスプレッドを狭くすることができたことがECNに取引が流れた一因だったため、当時圧倒的シェアの証券取引所であるNYSE(ニューヨーク証券取引所)はオークション形式のためECNの影響を(第一波ECNの陣では)ほぼ受けなかった。
1997年に認可された米国初の電子証券取引ネットワーク(ECN)でゴールドマン・サックスも出資したアーキペラゴ(のちにNYSEが買収しNYSE Arcaとなった)とインスティネット(ECNとしてNASDAQをおびやかす存在のアイランドと合併)が2大勢力となっており、これらは代替的取引システム(ATS)とも呼ばれた。
そんなNYSEだったが、SEC(米国証券取引委員会)による新規制である全米市場システム(NMS)がECN有利だったことによって大きく売買シェアを落としてしまった。
結局、NYSEはさらなるシェアの低下を防ぐ目的でECN大手アーキペラーゴを防衛的に買収、NASDAQもBRUTやインスティネット(アイランドと合併)などのECNを同様の理由で屈する形で買収し、主要なECN業者は淘汰された・・・が、すぐに2005年に創業したばかりのBATSなどがすぐに一大勢力として頭角を現す。
<参考書籍: ウォール街のアルゴリズム戦争>
SECのレギュレーションNMS施行によって、遅いNYSEに対し電子化した速い市場の優位性が高まったことで、新興ECN勢力であるBATSグローバル・マーケッツとダイレクトエッジが取引シェアを伸ばした。
その新興2大ECNのBATSとダイレクトエッジは2013年に合併し、さらに2017年にはCBOEホールディングス(現在のCBOEグローバル・マーケッツ)に買収されている。
こうしてBATSをCBOEが買収し第三極となったことで、NYSEとナスダックとCBOE(BATS)の三つ巴としてまとまりつつあった。
が、近年スピードバンプというアンチHFT(あえてほんのわずか遅い注文に統一することで超高速取引による不公平を排除する)仕組みで勢力を伸ばすIEXが台頭してきた。
超高速取引(HFT)が先回りして利益をかすめとっていると批判したフラッシュボーイズで有名な私設取引所IEXはSECから公式の取引所として認可され、成長している。
IEXは現在、約2.5%の市場シェア
Source: https://t.co/whlYaPQQPP pic.twitter.com/KHcfLjx0QE
— アメリカ部/米国株投資アンテナ (@america_kabu) December 8, 2017
このように現物株取引に関しては競争の歴史が長く続いており、もはやMoat(濠)があまりないといってもいいビジネスと判断されている。
さらにいえば、個別株取引ではなくETFの台頭などパッシブ投資ブームもあり、トレードフローも変わってきた。
Source: ICE
上場先の奪い合い(リスティング・フィーの価格競争)や、上場前に10億ドルの評価額となるユニコーン企業など上場するまでに巨大化していく例も増えてきた。
現物取引の利益率も、取引所を固定できるデリバティブ(先物・オプションなど金融派生商品)などと比べて頭打ちで、取引所運営会社はデリバティブ取引及び清算事業や指数・データ提供ビジネスなどに注力するようになっていった。
世界の証券取引所・デリバティブ取引所
インターコンチネンタル・エクスチェンジ
世界最大の証券取引所であるニューヨーク証券取引所(NYSE)と世界最大級の商品取引所を傘下とし北海ブレント原油などを主力に原油先物に強い。
CMEグループ
世界最大のデリバティブ取引所を運営。
2005年にIPOしたばかりのシカゴ商品取引所(CBOT)を2007年に110億ドルで買収。
ニューヨーク・マーカンタイル取引所 (NYMEX)および商品取引所 (COMEX)を2008年に買収。
CMEはコモディティ・デリバティブがルーツで清算に強い。
CBOEグローバル・マーケッツ
CBOE(シカゴ・オプション取引所)が上場したのは2010年。
CBOEボラティリティ指数(VIX指数/恐怖指数)の商品化からVIXオプションなどの金融商品が大ヒットするなど金融派生商品に強い。
2017年2月には、米国と欧州で現物株式の電子取引所(ECN)を運営しNYSEとNASDAQの取引シェアを奪っていたBATSグローバル・マーケッツを買収。
ナスダック
北欧やバルト諸国で取引所を運営するOMXと経営統合。
リピート・ビジネス比率が高い。
未公開株取引所の開拓やブロックチェーンの取り組みなども話題。
ドイツ取引所
フランクフルト証券取引所等を運営。
新興の効率的な電子取引所で株式オプション市場などデリバティブで伸びていたインターナショナル・セキュリティーズ取引所(ISE)をドイツ取引所傘下のユーレックス(Eurex)を通じて買収(Eurexは2011年にドイツ証券取引所が完全子会社化)。
ユーレックスはデリバティブ取引高でCMEやICEに次ぐ規模でドイツ取引所の主力ビジネス。
2017年にはドイツ取引所がロンドン証券取引所グループ(LSE)を140億ドルで買収する計画を、欧州委員会に「債券と現先取引の決済業務を事実上独占してしまう」と阻止されている。
ロンドン証券取引所グループ(LSE)
ロンドン証券取引所、イタリア証券取引所、欧州最大の清算機関LCHクリアネット、株価指数情報のFTSEなどを傘下とする。
2011年に当時のフィナンシャル・タイムズの親会社ピアソンとの合弁会社FTSE社を子会社。
2014年にラッセル2000などでおなじみの米国のFrank Russell社を買収し「FTSE Russell」にリブランディングして株価指数の情報提供を行う。
LSEは世界最大級の株価指数提供業者でもあり、2013年には欧州最大の清算機関LCHクリアネット(清算機関で競合していた英国のLCHとフランスのクリアネットが2003年に合併)を買収するなど収益性のある多角化に積極的だ。
香港証券取引所
香港の現物株式市場・先物市場・清算会社の3社が2000年に合併して設立。
2012年に世界最大の非鉄金属取引所であるロンドン金属取引所(LME)を傘下とし顧客の需要に応えるためコモディティも強化。
2014年に上海証券取引所間の取引の相互接続「上海・香港ストック・コネクト」が開始。
上海証券取引所
中国本土市場で、2014年に香港証券取引所と接続。
深セン証券取引所
上海証券取引所とともに中国本土市場でテクノロジー企業比率が高く、2016年に香港証券取引所と相互接続。
日本取引所グループ
東京証券取引所グループと大阪証券取引所が2013年に経営統合。
ユーロネクスト
NYSEユーロネクストがICEに買収された際にスピンオフ、2017年にアイルランド証券取引所を買収。
TMXグループ
カナダのトロント証券取引所を運営。
インド国立証券取引所
ボンベイ証券取引所と共にインド株を取り扱う。
ブラジル・ボルサ・バルカオン
BM&FボベスパとCETIP(証券保管振替機関)合弁の南米最大の総合取引所運営会社。
シンガポール証券取引所(SGX)
ASEAN地域の最大の証券取引所で外国企業が全上場企業に占める割合が非常に高い。
オーストラリア証券取引所(ASX)
シンガポール取引所(SGX)による買収に合意したがオーストラリア政府の反対で頓挫。
取引所の方向性はデリバティブ・清算事業の強化、指数やデータなどの事業の多角化か
取引所全体の方向性は必ずしも一致していないが、ICEやLSEは指数・データ事業の強化の動きが目立つ。
全体としては現物株はあまり儲からないというのがコンセンサスで、やはり利益率の高いデリバティブへ注力する動きが中心か。
大型買収による総合取引所の寡占が進んだ現在は同業の買収による成長戦略は以前より限られてくるかもしれない。
実際、2017年にはドイツ取引所がロンドン証券取引所グループを買収しようた件で阻止されている。
IEXはNASDAQあたりが買収してしまった方がいい気もするがまた後手で買収する羽目になるのかIEXの成長がどこまでいくのか、また新興国など含め次の動きが楽しみだ。