アドビ(Adobe Systems Inc)は1982年創業のフォトショップで有名なソフトウェア会社。
2005年にライバルだったマクロメディア社を買収してからはデザイン関係のソフトウェアで独走状態でデジタル創作の全てをフルカバーする開発ツールをシームレスで提供できるようになっていた。
そんなアドビがソフトウェアをパッケージ販売モデルだった従来から劇的にビジネスモデルを変更した。
クラウド化によるサブスクリプションモデル(定額課金)への転換である。
年間経常収益(ARR:Annual Recurring Revenue)=毎年継続的に発生する収益、つまりアドビでいう定額課金収益化が2016年時点で83%に到達していただったのが2017Q3時点で88%に達し、ビジネスモデルを完全にサブスクリプションにほぼ移行完了している。
このビジネスモデルは移行は簡単にはいかないが(Microsoftは成功)、移行さえすれば収益の予測可能性が高まるため現在のアドビは以前のアドビよりも投資対象としての魅力は高まった。
アドビの3つのクラウド戦略
新生アドビは「3つのクラウド戦略」が軸となっている。
以下、2017年第3四半期決算の売上データ
Adobe Creative Cloud
売上10億6000万ドル 前年比売上33%増
フォトショップやイラストレーターで知られるクリエイティブクラウド部門。
Adobe Document Cloud
売上2億600万ドル 前年比売上10%増
PDFなどの文書管理のドキュメントクラウド部門。
Adobe Experience Cloud
売上5億800万ドル 前年比売上26%増
そして、企業向けなのでフォトショやイラレのアドビのイメージをもつ人には意外かもしれないが、アドビは今やマーケティングクラウド(エクスペリエンスクラウドの部門)が稼ぎ頭の1つとして大きい存在となっている(後述)。
クリエイティブクラウドとドキュメントクラウドのデジタルメディア部門は着実に定額収益を積み上げており、前年比売上28%増(2017Q3時点)。
アドビ クリエイティブクラウド(Adobe Creative Cloud)
PhotoshopやIllustratorをクラウドで提供するクリエイティブクラウドは創造性のワンストップショップで、それらツールはCreativeSyncテクノロジーでシームレスにつながっているため、どのデバイスでも最新の状態のファイルやアセットをいつでも利用可能。
また、約1億も種類のある高品質な写真・グラフィック、テンプレート、3Dアセット、ビデオを利用できるAdobe Stockとシームレスに連携できる。
最近はYouTubeやFacebookなどでビデオコンテンツ(広告も含む)を制作する機会が増えており、アドビのビデオソリューションにとっても需要が拡大している。
また2017年にMettle社を買収したことで360度コンテンツ制作・VRソフトウェアを取得し、すでにアドビが保有するVR映画などの制作技術を補完した。
2012年にCreative Suite(フォトショやイラレ)のオンライン化、つまりCreative Cloudのサービスを開始し、2014年5月にはクラウドへの100%の移行を完了。
サブスクリプションビジネスモデルへの移行期間である2012年から2014年までは売上全体は落ち込んでいるが見事に転換を果たしてあとは伸びるだけかのような伸び率。
アドビ ドキュメントクラウド(Adobe Document Cloud)
<前年比売上10%増>
アドビのDNAといえる原点のAcrobatとPDF(Portable Document Format)は1993年にスタートした電子文書作成・共有のスタンダードである。
それを、どんなデバイスからでも、文書をセキュアな環境で管理できるようにするようにしたのがドキュメントクラウド。
ドキュメントクラウドでは企業が紙ベースのプロセスを自動化することを支援している。ビジネス文書のやり取りと処理を自動化し、業務プロセスを高速化。紙文化の強そうな日本ではなかなか紙から電子化への移行は時間がかかりそうだ。
そういった紙への信頼の強さから、そこまで伸びていないドキュメントクラウド事業ではあるが、それでも地道にサブスクリプションへの転換を着々と進行している。
また、ドキュメントクラウドの中でも勢いのあるのがアドビサイン(Adobe Sign)で、契約書・承認用文書等の送信、署名の取得、トラッキング、管理までのワークフローを完全にデジタル化し文書管理業務を効率化し、どこからでも・スピーディーに・安全に業務を遂行できる人材コスト減・管理コスト減を実現する電子サインソリューションである。
Adobe Signの勢いは、同じくサブスクリプションモデルへの移行を成功させたMicrosoft Office 365の1億人の商用会員ユーザーに対してMicrosoftが推奨する電子署名ソリューションとして提携したことにもあらわれている。
マイクロソフトとアドビは戦略的にいくつかの分野で提携しており、米アドビのシャンタヌ・ナラヤンCEOと、米マイクロソフトの名経営者であるサティア・ナデラCEOは友人であり、公私ともに両社の関係は良いようだ。
アドビサインで従来紙で行なわれていた取引先との契約書や見積書、発注書などの発注業務とそのプロセスの履歴管理を電子化し、業務効率の向上とセキュリティおよびコンプライアンスの強化が可能になるというが、ハンコ文化から移行する未来もあるだろうか。
アドビ エクスペリエンスクラウド(Adobe Experience Cloud)
<前年比売上26%増>
「アドビの強みはマーケティングプロセスを包括的に支援できる唯一の企業」だ佐分利ユージン日本法人社長は説明する。
アドビ マーケティングクラウドではクラウド経由でマーケティング活動支援ソフトを提供する。
クリエイティブクラウドのデジタルアセット管理の活用と、マーケティングクラウドによるデジタルマーケティングでの活用(コンテンツの成果の計測・改善等)までを、収益化までワンストップかつシームレスに提供。
具体的には広告デザインから広告出稿・マーケティングまでをワンストップでアプローチできるのはアドビの強みだろう。
マーケティングクラウド部門の始まりは2009年にオムニチュアを買収し、同社の持つ解析ツールからスタートし、それ以降主に買収によってマーケッターが必要とするツールを包括的に提供できるようにビジネスを成長させてきた。
クリエイティブをビジネス視点で捉えた垂直統合的展開で、クリエイティブに関するビジネス全体を収益化までサポートできるようになったアドビはクリエイターからマーケターまで顧客を拡大することに成功した。
米アドビCEOによると「アドビ エクスペリエンスクラウドの差別化の中核は、すべてのデジタル接点において顧客行動とROIをアドビ独自の洞察で提供するデータとデータの分析プラットフォームである」
アドビが最もビジネスチャンスがあるのがエクスペリエンスクラウド部門で今後も同部門への投資を続けていくとシャンタヌ・ナラヤンCEOは言う。
エクスペリエンスクラウドでも「Adobe Sensei」というマシンラーニングと人工知能(AI)を活用し、Adobe Creative CloudやAdobe Document Cloudともシームレスに連携する。
Adobe Senseiの解説まですると長くなるので省略するが、セールスフォースが「アインシュタイン」というAIによる支援機能を搭載しているように、クラウドサービスにおいて今やAI機能は重要な差別化要因となっている。
Adobeの業績推移グラフ
<地域別売上高>
Americas(アメリカ大陸) 58%
EMEA(ヨーロッパ、中東及びアフリカ) 27%
ASIA(アジア) 15%
クリエイティブクラウドは日本で特に強いらしい。
アドビ株価
2017年第3四半期の決算は良かったがエクスペリエンスクラウドのブッキングがやや失望(CEO談)とのことで決算後のAHやプリマーケットでの反応は株安となっている。
これまで期待が反映され高まっていた株価だったので、多少の株価調整は加熱感をさますには健全なもので、ビジネスモデル自体に綻びが見られるまでは素直に買い目線で良さそうな興味深い優良企業だと考える。
アドビの決算や業績の四半期ベースの最新データは以下の記事で特集しています。